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東京地方裁判所 平成5年(ワ)22580号 判決 1994年10月28日

主文

一  被告は原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成五年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告に生じた部分の二分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告の請求の原因

1  原告は新宿三井ビル内の製薬会社に勤務する会社員であるが、自己の資金に同僚である内村津義の資金を加えて、両名共同でワラント債投資のため、被告会社新宿支店の営業担当者であつた小泉秀文に対し、次のとおり合計一〇二九万九〇〇〇円を交付した。なお、右投資の際、原告と内村は、右投資を原告の名義及び計算で行う旨の合意をし、取引は原告の単独の名義で行われ、小泉との折衝も主に原告が当たつた(以下、原告とともに投資をした内村も「原告」に含ませるものとする。)。

<1>平成五年一月二二日 二〇〇万円

<2>同年同月二八日 二〇〇万円

<3>同年同月二九日 一〇〇万円

<4>同年二月五日 一一四万円

<5>同年同月一〇日 一〇〇万円

<6>同年三月八日 一六〇万円

<7>同年同月一一日 一万五〇〇〇円

<8>同年三月一五日 一五四万四〇〇〇円

2  原告は、自己の勤務する会社が被告会社新宿支店と同じ新宿三井ビル内にあつたことから、右1の取引に先立つ昭和六〇年ころ、被告との間で株式の売買の取引を始めた。小泉が原告の担当となつたのは、平成元年一月である。原告は、小泉が担当となつてからも株式の売買を中心とした取引をしていたが、平成四年一〇月ころのある日の午前、小泉は原告に対し、次のようなワラント債への投資の話を持ち掛けてきた。

ワラントは株と同じようなものであるが、株より値動きの幅が大きく、有利な商品である。自分は被告会社において大口のワラント取引を担当しているが、資金の運用を任されている大口顧客の枠を少し超えてワラントを購入してしまい、このままでは被告会社における営業成績上のペナルティもついてしまう。大変有利なワラントの決裁日が今日で、もう既に売り買いが済んでいるもので、かなりの利益が出ている。二週間後には利息として二〇万円渡せるので、今日の午後二時までに一二〇万円何とか都合が付かないか。良い話だと思うがどうだろうか。だめなら他の客にこの話を回さなければならない。とにかく時間が決まつているので急いでいる。

大要このような話で、原告はワラントといわれても全く知識がなかつたが、何年も被告に籍を置いている小泉が一〇〇万円くらいの金のことで自分の首が飛ぶような嘘はつかないだろうと考えて、この話に乗ることとし、小泉の勤務する被告会社新宿支店の応接室で小泉に一二〇万円を渡した。

この取引については、その二〇日くらい後に、小泉から、約束どおり一二〇万円に二〇万円の利息を加えた一四〇万円を被告会社新宿支店の応接室で受け取つた。

3  その後、平成四年一二月二二日ころにも午前に小泉から電話があり、午前二時ころまでに一〇〇万円用意できないか、二週間後に二〇万円の利息を付けられるといい、このワラントも大口顧客の口座を利用してやるので、出資してほしいとのことであつたので、原告は当日、被告会社新宿支店の応接室で一〇〇万円を小泉に渡した。この取引についても、平成五年一月八日、小泉から被告会社新宿支店の応接室で利息二〇万円を付けて一二〇万円を返してもらつた。

その後、平成五年一月一二日ころ、また、小泉から大口のワラントの売り買いができたので、一口(一〇〇万円)どうかといわれ、一〇〇万円投資することとし、被告会社新宿支店の応接室で一〇〇万円を渡した。この取引については、一月二一日、二〇万円の利息を加えた一二〇万円を返してもらつた。

4  原告は右2及び3の取引の後に、同じ趣旨で投資の勧誘を受け、小泉に対し、右1の金員合計一〇二九万九〇〇〇円を交付したものである。これらの取引については、原告は小泉から従前の投資資金を現実に精算することなく再投資するよう勧められ、順次資金を追加して交付していつたものである。

5  ところが、平成五年四月ころ、原告に金が必要な事情があり、決裁期日が来る分につき再投資に回さずに返還を受けたい旨を小泉に申し出、返還を求めたところ、同人は大口顧客の判子がなかなかもらえないなどと言つて返還に応じず、二週間ほどが経つた。そのうちに被告会社新宿支店長から原告に連絡があり、小泉が不正なことをやつたらしいということを知らされた。

被告の話によると、実際にはワラント取引への投資を行つておらず、原告ほか何人かの顧客が小泉から多額の金銭を騙し取られたとのことであり、小泉は同年五月二一日付けで懲戒解雇となつたとのことである。

6  右事実関係からすれば、小泉の行為は、被告の事業の執行につき行われた不法行為であり、被告は、その使用者として、原告に対し、原告が小泉に騙されて被つた一〇二九万九〇〇〇円の損害(うち一〇〇〇万円を請求)及びこれに対する不法行為後である平成五年九月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の賠償をすべき義務がある。

二  請求原因に対する認否

1  小泉が被告新宿支店の営業担当者であつたこと及び同人が平成五年五月二一日付けで懲戒解雇となつたことは認めるが、原告と小泉との取引の内容は知らない。

2  小泉の行為が被告の事業の執行につき行われたものであるとの事実は認否する。

三  被告の主張

1  原告の小泉に対する資金提供は、小泉自身の個人的な借入行為であり、被告の事業の執行とは無関係な個人的金銭貸借である。

2  民法七一五条の「事業ノ執行ニ付キ」というためには、当該行為が使用者の事業の範囲内に含まれることを要するが、証券会社は、特定の顧客の利益を図るために他の顧客の取引口座を利用して当該顧客から資金を預かつたり、また、預かつた資金を運用して一定の利息ないし確定している利益を当該顧客に支払うことを約束する等の業務は全く行つていない。

したがつて、小泉の行為は、被告の事業の範囲内に属さず、また、営業担当者の職務の範囲内におよそ含まれないのであるから、被告の事業の執行について行われたものとはいえない。

3  原告は、小泉の行為が被用者の職務権限内において適法に行われたものではないことを知つていたか、又は仮に知らなかつたとしても、そのことに重過失があるから、被告が使用者責任を負ういわれはない。

4  原告は一〇二九万九〇〇〇円の資金を騙し取られた旨主張するが、その証拠は提出されていない。特に、平成五年三月一五日に交付したとする一五四万四〇〇〇円については、原告の陳述書に述べられているだけで、これを裏付ける証拠は全くない。

5  仮に右1ないし4の主張が認められないとしても、原告には過失があるので、被告は過失相殺の主張をする。

第三  当裁判所の判断

一  原告の主張する事実関係について

1  被告が認める前記第二の二の1の事実《証拠略》によれば、請求原因1ないし5の事実を認めることができる。

なお、《証拠略》によれば、小泉は、原告を含む約一〇人の顧客から少なくとも総額数千万円の金銭を集め、自己の投資及び遊興費並びに顧客に支払う金利に使い、平成五年五月二一日、被告から懲戒解雇されたものであること、被告は、そのうち四名の顧客に対し、合計七〇〇万円(二名につき各一〇〇万円、一名につき一五〇万円、一名につき三五〇万円)の金員を支払つたが、その余の支払はしていないことが認められる。

2  被告は、原告が小泉に対して一〇二九万九〇〇〇円を交付したとする立証が何になされていないと主張するが、右1に掲げた証拠によれば、右立証はなされているものと認められる(平成五年三月一五日に交付したと主張する一五四万四〇〇〇円についても、《証拠略》により立証があつたと認められる。)。特に、原告本人尋問における供述は、可能な限りの裏付けに基づく冷静かつ論理的なものであり、信用することができる。

そもそも小泉は、昭和六二年四月に被告が吟味の上雇用して営業担当課の係長に充てた者であり、平成五年五月二一日に懲戒解雇したとはいえ、その前に被告が事情聴取も存分に行つた者であるから、被告としては、原告と小泉との取引がどうであつたかは、小泉から聴取しておくのが当然と考えられる。ところが、被告は、原告と小泉との取引につき、原告が小泉に対して金銭を交付した立証は何らなされていないなどと主張して原告の主張立証をいたずらに争うのみで、被告が雇用した営業担当者の不祥事について謙虚に振り返る姿勢が全く見られない。被告は、原告と小泉の取引に関する立証責任が原告にあると考えてこのような態度を取つたのではないかとも思われるが、立証責任の問題が生ずるのは、訴訟の最終段階で立証がつかなかつた場合のことであり、それに至る訴訟の過程においては、双方当事者が証拠の提出に努めるべきは当然である。被告の主張は失当である。

二  原告の小泉に対する資金提供は、小泉自身の個人的な借入行為か。

1  被告は、原告の小泉に対する資金提供が小泉自身の個人的な借入行為であつて被告の事業の執行とは無関係な個人的金銭貸借であると主張する。

被告の右主張は、<1>小泉が原告に対し、裏に借用書と題したメモを付した名刺を交付していること、<2>被告が小泉の事情聴取をした際に、小泉が原告から供与を受けた資金は個人的な借入金であるとの供述をしたこと、及び<3>小泉が原告に支払うことを約した利益金が確定的で著しく高額であることに基づくものである。

2  そこで、右<1>について検討するのに、原告は、小泉から「大口顧客の大江名義の枠を使つて取引しており、原告の名前を使つていないので、原告名義の受取書は出せない」との説明を受け、その代わりとして交付されたのが前記名刺の裏に記載したメモである旨述べる。そして、請求原因2に記載した取引の経過(前記一の1において真実と認定)と、小泉が当時被告会社勤務歴五年余の営業担当課の係長であり、三年半以上の間原告との取引を担当し、その間、落ち度もなく、熱心に仕事をしていた者であること、本件取引の金銭の授受は被告会社の応接室で、被告の営業時間内に、他の従業員をはばかることなく行われたものであることを考えると、小泉の右説明を信用したとの原告の供述に不自然な点はない(それが軽率であつたことは、後に過失相殺の事由として考慮する。)。

3  次に、右<2>について検討するのに、被告は、小泉から事情聴取した内容に重きを置いた主張をするが、小泉は、服務規律違反で懲戒解雇される可能性が高い状況の中で被告から事情聴取を受けたものであり、その供述内容が真実である保証はない。小泉としては、原告その他の顧客から受け取つた金銭を個人的借入金であるとしておいたほうが、被告との関係を保ち、告訴、告発を免れる等のために好都合であり、被告としても、顧客からの預り金に関する不正行為が従業員の個人的悪事であるとされれば、会社の名誉の失墜が少なくて済む事情があることは明白である。このような状況の中で行われた被告による小泉の事情聴取の結果は、裁判所の事実認定のための証拠価値としては極めて低いものである。しかも、被告は、その後、顧客から個人的に金銭貸借を行い資金運用を図つたとの内規違反を理由に小泉を懲戒解雇したのみで、原告らが被告の事情聴取に応じて、小泉に投資資金を詐取された旨述べているのに、顧客の金銭を横領又は詐取した疑いもあるとして告訴、告発ないし捜査機関への情報提供をした様子がなく、また、本件訴訟において、小泉を証人として喚問し、原告側に反対尋問の機会を与えることもしていないのであるから、当裁判所としては、被告が小泉から聴取したという内容をそのまま信用するわけにはいかない。

4  右<3>について検討するのに、原告は、その本人尋問において、小泉の勧誘する投資が正規の取引に準ずるものであると信じた旨及びその根拠を説明しており、請求原因2に記載した取引の経過と、小泉が当時被告会社勤務歴五年余の営業担当課の係長であり、三年半以上の間原告との取引を担当し、その間、落ち度もなく、熱心に仕事をしていた者であること、本件取引の金銭の授受は被告会社の応接室で、被告の営業時間内に、他の従業員をはばかることなく行われたものであることを考えると、小泉の右説明を信用したとの原告の供述に不自然な点はない(それが軽率であつたことは、後に過失相殺の事由として考慮する。)。

5  以上のとおり被告の主張は理由がなく、請求原因2ないし4の事実によれば、小泉の原告に対する請求原因1の投資の勧誘は、被告の事業の執行に際して行われたものと認めるのが相当である。

三  小泉の行為が被告の事業の執行につき行われたものといえるのか。

1  小泉の行為は被告の事業の範囲内の行為といえるか。

被告は、証券会社が特定の顧客の利益を図るために他の顧客の取引口座を利用して当該顧客から資金を預かつたり、また、預かつた資金を運用して一定の利息ないし確定している利益を当該顧客に支払うことを約束する等の業務は全く行つていないから、小泉の原告に対する投資の勧誘は、被告の事業の範囲内に含まれないと主張する。

しかし、請求原因2ないし4の事実によれば、小泉は原告に対し、大口のワラント取引を担当していると称し、大江名義の大口ワラント取引により既に出ている利益のわずかを原告に得させることを持ち掛けたものであり、そのような取引を顧客に持ち掛けることは、被告がその従業員に対して禁じているところであるとはいえ、大口のワラント取引を被告の営業担当者が担当することは被告の事業としてありうることであり、また、一つの名義で複数の者が取引をすることもありうることである以上、小泉の行為は被告の事業の範囲内の行為であるものというべきである。

2  小泉の行為は被告の営業担当者の職務の範囲内の行為といえるか。

被告は、証券会社が特定の顧客の利益を図るために他の顧客の取引口座を利用して当該顧客から資金を預かつたり、また、預かつた資金を運用して一定の利息ないし確定している利益を当該顧客に支払うことを約束する等の業務は全く行つていないから、小泉の原告に対する投資の勧誘は、被告の営業担当者の職務の範囲内に含まれないと主張する。

しかし、小泉は請求原因2ないし4記載のような取引を原告に持ち掛けたのであり、大口のワラント取引を被告の営業担当者が担当することはありうることであり、また、一つの名義で複数の者が取引を行うこともありうることである以上、小泉の行為が被告において禁止しているところであつたとしても、その行為は被告の営業担当者の職務の範囲内の行為であるものというべきである。

3  小泉の行為が職務権限内において適法に行われたものではないことを原告が知り、又は知らないことに重大な過失があつたといえるか。

被告は、小泉の行為が職務権限内において適法に行われたものではないことを原告が知り、又は知らないことに重大な過失があつたと主張する。

しかし、小泉の行為が職務権限内において適法に行われたものではないことを原告が知り、又は知らないことに重大な過失があつたといえる状況になかつたことは、前記二の2ないし4認定の事実から明らかである。被告の右主張も理由がない。

4  小泉の行為は被告の事業の執行につき行われたものといえるか。

小泉の行為は、右1認定のとおり被告の事業の範囲内の行為であるとともに、右2認定のとおり被告の営業担当者の職務の範囲内の行為であり、かつ、前記二認定のとおり被告の事業の執行に際して行われたものである以上、被告の事業の執行につき行われたものというべきである。

被告は、懲戒解雇前の小泉に対する事情聴取の結果を重要な根拠として、この認定を強く否定して原告の本訴請求を全面的に争つている。しかし、前記二の3に認定したとおり、小泉は、服務規律違反で懲戒解雇される可能性が高い状況の中で被告から事情聴取を受けたものであり、小泉としては、原告その他の顧客から受け取つた金銭を個人的借入金であるとしておいたほうが、被告との関係を保ち、告訴、告発を免れる等のために好都合であり、被告としても、顧客からの預り金に関する不正行為が従業員の個人的悪事であるとされ、被告の事業の執行とは無関係であるとされれば、名誉の失墜が少なくて済む事情にあることは明白である。しかも、被告は、その後、顧客から個人的に金銭貸借を行い資金運用を図つたとの内規違反を理由に小泉を懲戒解雇したのみで、原告らが被告の事情聴取に応じて、小泉に投資資金を詐取された旨述べているのに、顧客の金銭を横領又は詐取した疑いもあるとして告訴、告発ないし捜査機関への情報提供をした様子がなく、小泉を証人として喚問し、原告側に反対尋問の機会を与えることもしていない。このような状況における被告の小泉に対する事情聴取の結果は、証拠価値としては極めて低いものであることは、司法関係者の常識といつてよい。

被告が小泉から事情聴取した内容に基づいて主張を組み立てること自体は、本件訴訟が提起される以前には、やむをえない面があるといえるが、本件訴訟において主張整理及び証拠調べが進行し、双方当事者の立証がなされた後においても、被告は、一切これを考慮せず、右事情聴取の結果のみに固執した主張を重ねており、その姿勢は、独善的というほかない。

被告は、証券取引において、わずか二週間から一か月の間に投資資金に対し、二五パーセントから四〇パーセントの利息ないし利益が確定的につくという商品取引などありえないものであり、原告がそうした小泉の説明を正規の取引行為であると信じたとは到底思えない旨主張する(平成六年六月一〇日付け被告準備書面二)。しかし、いわゆるバブルの時期に、証券会社が証券取引で損をした大口顧客等の損失を補填するため、当該顧客に対し、巨額の確定的な利益の保証をして証券取引を行い(そのために、証券会社の内部規律を無視したさまざまな手法が用いられた。)、それが社会問題化して、平成三年法律第九六号「証券取引法及び外国証券業者に関する法律の一部を改正する法律」により、損失補填や利益を保証した証券取引が厳格に禁止され、「証券会社は顧客に対し損失の補填又は利益保証の約束をしてはならない」旨が法律をもつて定められたことは、国民の記憶に新しい公知の事実である(この法律は平成四年一月一日に施行されたばかりである。)。証券会社である被告が、右改正法が施行されて二年余にしかならないのに、あたかも、いまだかつて証券会社による損失補填等の不祥事が何もなかつたかのように、そのような取引はありえないなどと主張できるような現状にはなく、国民の目から見て、そのような主張ができるほどに証券会社の信頼は回復していない。

被告は、証券会社による巨額の損失補填が社会問題化するはるか前である昭和六〇年に言い渡された他の地方裁判所の判決などを引き合いに出して、被告に使用者責任がないことを主張するが、このような主張は、証券会社が現在置かれている状況をわきまえないものというほかない。

四  原告の過失

1  原告が前記のとおり小泉から金銭を詐取されたことについて、原告には次のような過失があつたものと認められる。

(一) 原告は本件取引につき、被告から正規の預り証や取引報告書を受け取つておらず、被告会社の肩書の付された小泉の名刺の裏に、借用書名義で金額が記載されたメモを受け取つたのみである。これは、小泉が大江名義の口座で取引をするために原告名義の書類が出せない旨の説明をし、小泉が当時被告会社勤務歴五年余の営業担当課の係長であり、三年半以上の間原告との取引を担当し、その間、落ち度もなく、熱心に仕事をしていた者であり、さらに、本件取引の金銭の授受が被告会社の応接室で被告の営業時間内に他の従業員をはばかることなく行われたために、右説明を原告が信じたことによるものであるが、そうであるとしても、原告の証券取引の経験等からして、このような説明を信じたことにつき原告にも過失があるものといわなければならない。

(二) 本件取引は、二週間ないし一か月の間に約二〇パーセントないし四〇パーセントの利益が生ずる取引であるとの説明であるにもかかわらず、原告は、小泉の右説明を軽率にも信じたものであり、この点にも過失がある。原告がこのように信ずるについては、小泉が長期にわたつて堅実に原告との取引を担当してきており、その説明によれば、本件は大口のワラント取引で既に確定的に利益が出ているものについての資金の負担であり、損失が生じることはないとのことであつたのであるが、そうであるとしても、このような説明を信じたことにつき原告にも過失があるものといわなければならない。

2  右1認定の原告の過失を考慮すると、原告が小泉に詐取された一〇二九万九〇〇〇円のうち、被告に損害賠償を命ずべき金額は、これから約四〇パーセントを控除した六〇〇万円と認めるのが相当である。

五  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し、損害の賠償として六〇〇万円の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

(裁判官 園尾隆司)

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